日本のイスラムコミュニティーに詳しい店田廣文早稲田大教授(社会学)によると、日本人ムスリムは1969年に2000人だったが、16年の推計では4万人に上る。
「11月はヒジュラ暦で3月。預言者ムハンマドさまの誕生月です……」。東京都品川区の日本ムスリム協会の礼拝所で行われる金曜礼拝。美しいじゅうたんが敷きつめられ、外国人や日本人信徒約70人が聴き入る中、イマーム(礼拝導師)の前野直樹さん(43)は滑らかなアラビア語と日本語で説教を行う。礼拝を終えると慌ただしく職場に戻っていった。
入信は18歳。子どもの頃から「自分はどこから来てどこに行くのか」を問い続け、出家を志したこともある。漠然と感じていた「大いなる存在」が何か知りたくて宗教書を読みあさった。高校時代、留学先のオーストラリアでエジプト人ムスリムと友人になった。当時、メディアの中のイスラムはテロや戦争ばかり。帰国後、「自分で学びたい」と大阪外国語大アラビア語学科(当時)に入り、聖典も学び始めた。偏見は消え、知れば知るほど求めていたものだと気付いた。
「父性的な厳しさと、包み込むような母性を併せ持つのがアッラーです」と穏やかな口調で語る。改宗してから人の評価を気にしなくなった。さらに6年間、シリアの神学校で学びを深め、導師の免状を取得。現在は石油会社で働く傍ら、各地で説教に勉強会にと忙しい。職場には採用時、ムスリムであることを伝えた。礼拝は空き会議室を使うが、礼拝前に体を清めるのに苦労する。日本人の妻も結婚前に入信し、5人の子どもたちとモスクに通う。和食は基本的に、宗教上許されるハラルなので、食べ物はほとんど問題ないが、子どもたちの給食は豚肉が出ることも多く弁当を持たせる。
東京五輪を控え、「ハラル認証」が進むが、前野さんは少し批判的だ。「イスラムの教えではごく一部を除き、基本的にすべてのものが許されているし、神以外の権威を認めていない。ビジネスの対象でなく、純粋に文化を知ってほしい」。そして、根強く残る偏見には、「イスラムは平和を愛する宗教。同じ人間なので構えないで付き合ってほしい」と願う。
店田教授によると、戦前はロシア革命(1917年)を逃れて来日したタタール人ムスリムが定住していたが、バブル経済期に新たな労働者が大量流入したこともあり、2016年の外国人ムスリムは13万人に上る。イスラム教では男性の結婚相手は一神教徒、女性の相手はイスラム教徒と定められ、結婚を機に改宗する人も多い。
東京都渋谷区の東京ジャーミィでは10月下旬、金融会社員の女性(40)が祝福を受け入信式に臨んだ。女性もムスリムの友人がきっかけだ。「自分の中の空白に気付いたんです。生きているだけでいいのかなって……。小さなことも神に感謝し、家族を大切にする友人が幸せそうで、私も信仰を持ちたいと思いました」と笑顔を見せ、「お祈りやスカーフ着用も無理のない範囲でいいそうです。周りに少しずつ理解してもらえたら」と話す。
東京ジャーミィの広報担当、下山茂さん(69)も約40年前、アフリカで出会ったムスリムの温かさに触れ、「人種、肌の色、言葉の違いに関わらず、神のもとにみな平等」の理念に共感した。米同時多発テロ発生後、危機感を覚え「本当のイスラムを知ってほしい」と見学会や出前授業を積極的に行っている。
ムスリムのタイ人女性と結婚を控え、入信を考える20代男性もいた。「礼拝所や友達も少ないし、彼女が来日してからが心配なんです。イスラム教徒になって不便はないですか?」。下山さんが「不便なんかない、良いことばっかりだ。ここに来れば世界中の友達ができる。彼女を好きになったのが君の運命。仲間になろう、待っているよ」と力強く肩をたたくと、男性は笑顔でうなずいた。人と人のつながりで、コミュニティーは広がりつつある。【上東麻子】
◆国内の日本人ムスリム(日本国籍のムスリム)
結婚で改宗した人 1万2000人
第2世代(子ども・若者) 2万3000人
日本国籍を取得した外国出身者とその家族 3000人
自ら改宗した人とその家族 2000人
合計 4万人
(店田廣文・早稲田大教授の研究より。2016年)
毎日新聞 2018年11月19日
https://mainichi.jp/articles/20181119/ddm/014/040/028000c?inb=ra