「先生、『親』ってこんなに大変な仕事だったんですね!」
E代さんは心療内科の外来で、ため息をつきながらそうこぼした。
彼女は現在、48歳。診断は「抑うつ状態」。3年前に初めて来院したときは、職場のストレスからくる「適応障害」の診断だった。
会社の上司が高圧的な人で、まだ仕事に慣れないE代さんに、次々無理難題をふっかけてくる。毎日のように繰り返されるいじめと
イヤがらせで、E代さんはすっかり体調を崩してしまった。胃が痛くて、眠りが浅い。朝起きられなくて、会社に行くのも大儀になってきた。
心療内科を受診する気になったのは、それがきっかけだったのだ。
「適応障害」の診断書を提出し、職場を替えてもらった。イヤな上司の顔も見なくてすむ。もうこれで体調も戻るはず。
ホッとしたはずなのに、症状はおさまらなかった。「どうして?」とE代さんは考えた。そして思い当たったのが、高校に入ったばかりの息子のことだった。
夫婦げんかの夜、「ボクがお母さんを守ってあげる」と言ってくれたが…
「子どもが産めない体じゃないの?」と、姑(しゅうとめ)に嫌みを言われながら、ようやく授かった大切な一人息子。夫が単身赴任となり、
浮気が発覚してひと騒動あった時も、子どもに苦労をさせてはいけないと、必死になって育ててきた彼女の宝物だ。そのかいあって、
息子は頭が良いだけでなく、心優しい男の子に育ってくれた。
夫婦げんかに疲れ果てた夜、「ボクがお母さんを守ってあげる」と言われたときは、不覚にも涙がこぼれた。
しかし、そんな自慢の息子は、中学2年頃から急に無口になった。何でも話してくれていた息子は、心配そうな彼女の話しかけにも、うざったそうな目をするばかり。中学3年になると成績が落ちて、第一志望の高校は難しいと先生から言われた。それでも息子は黙っているだけだ。
「どうしたの? どうして何も話してくれないの?」と問いかけるE代さんに息子の一言が飛んだ。
「うっせいな。黙れよ、このクソババァ!」
E代さんは驚愕(きょうがく)した。
そこにいるのは、これまでの「かわいいボクちゃん」ではなく、見知らぬ男性のようだった。
高校に入る頃から息子の態度はさらに悪化した。試験の結果を尋ねようとしたときは、「うるさいっ!」と罵声が飛び、本を投げつけられた。
さらに怒りがおさまらないのか、息子は拳をたたきつけて、壁に大きな穴を開けてしまったのである。
「あの時はホントに怖かった。私の父が暴力的な人だったので、その場面がよみがえり、一瞬で凍りついてしまいました」
E代さんはつらそうに、そう語る。
性ホルモンが親元を離れる行動を導く
「『親を嫌いになるホルモン』って知ってます?」
私はそう尋ねてみた。
「えっ? そんなものがあるんですか?」とE代さん。