働く女性が急速に増えるなか、スーパーの総菜売り場は充実し、下ごしらえ済みの調理キットが次々に発売されています。
平成は、「家事の時短」が進んだ時代でもありました。しかし、それを遠巻きに眺め、「手抜き」ではないかと
罪悪感にさいなまれる女性たちがいます。時短を極めるだけでは救われない、彼女たちの心の呪縛とは――。
「中華料理の素」もアウト
家族7人分の夕食を毎日手作りする千葉県の女性(36)の頭の中は、常に「今夜の献立を何にするか」でいっぱいだ。
朝7時半に家を出て、夕方までパートで野菜の加工をする。終業後は、職場から20分離れたスーパーに直行して帰宅。
1時間ほどで、小学生から高校生までの子ども3人と夫、姉、母の7人分の夕食を作る。
この日の夕食メニューは、サイコロステーキとポテトサラダ。魚や肉を使ったメインと、スープやサラダなど、
最低2品を出すのが「マイルール」だ。片付けを終えると、あっという間に夜8時を過ぎる。
女性の「ルール」はほかにもある。できる限りスーパーの総菜を出さない、カット野菜を使わない、市販の合わせ調味料は使わない……。
最近スーパーの棚を満たす、「時短・簡便」をうたった「中華料理の素(もと)」もアウト。「私じゃなくてもできる」と気がめいるから。
たまに「ラクをさせてもらう」日は、コロッケを買ってきて家で揚げたり、味付きの鶏肉を焼いたり。
この一手間があって、ぎりぎり許せる「手抜き」のボーダーラインだ。
「毎日総菜はやめてね」響く夫の言葉
20歳で結婚。2歳上の夫の故郷は九州で、甘いしょうゆを使う。新婚当初、義母のもとに通って料理を習い、夫の家の味を覚えた。
その手作りの味で育った夫は、外で売っている総菜が嫌いだ。
「食べさせた」こと誇らしく思う母
そんな女性を心配そうに見つめるのは、女性の母親(67)だ。自身は40歳の時に離婚。働きながら、娘3人を育てた。
離婚前は専業主婦。夫は、毎夕食、「ご飯・パン・そば」と主食を3パターン用意させるような人だった。
「夫と別れ、やっと食の呪縛から解放された」という。
その後は娘たちを一人で育てるため、3つの仕事を掛け持った。分刻みの毎日の中で、夜はコロッケやサラダなどの総菜を買って帰り、
娘たちに食べさせた。しかし、「手作りでも、総菜でも、子どもたちの口に入るものを提供できるだけで、誇らしく思っていた」と振り返る。
疲れている娘に「今日は総菜でいいじゃない」と声をかけるが、夫との約束を大切に思う娘の耳には届かない。
娘を見ると、自分が結婚していた40年前に感じていたような、食の呪縛がいまだ存在するように感じる。
女性も、心の中では夫に「自分もやれば?」と思うこともある。しかし、派遣で働く自分と夫の給与はかなりの差がある。
キャリアを作る前に子育てに入った自分が、正社員として働くことの難しさも感じている。
母親に、「家事じゃなくて『家仕事』。外での仕事と対等なのよ」と諭されても、「とにかく、ご飯は私がちゃんと作らなきゃ」。
そう返して、今日も7人分の夕食のために、下ごしらえから始める。
出産後、働きたいと話した時、「子どもを最優先に、家事は今まで通りするのが絶対条件。毎日総菜とかはやめてね」と言われた。
反発する気持ちはあったが、本当は専業主婦のままでいてほしい夫の気持ちが分かっていたので、のむしかなかった。
夫が快諾してくれ、シングルマザーで女性を育ててくれた母や姉と同居している。食事作りに追われる女性のため、
母や姉が交代制を提案してくれ、試みた時期もあったが、夫から「うちの家の味じゃない」と苦い顔をされ、あきらめた。
子どものためにも「なるべく手作りを」、という夫の気持ちはわかる。仕事に出る前の専業主婦時代は、
「総菜は怠け。一番やっちゃいけないこと」と思い、まったく出さなかった。
しかし今は、時々ある残業で疲れきり、献立が思いつかない日に、出すこともある。月に一度程度なので夫は
「めずらしいね」としか言わない。しかし、そんな夜は「手抜きしちゃった」という感情がずしんと残り、自分がこたえる。
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